大阪天満宮『見どころ』天神祭前日『ギャルみこし』【御朱印】

投稿日:2017年8月5日 更新日:

今回紹介するのは、大阪府大阪市北区天神橋に鎮座する『大阪天満宮』です。

大阪天満宮』が創建されることになったのは949年に『大将軍社』の前に一夜にして七本の松の木が生え、夜ごとにその木の幹や枝の先が光ったと言い、それを聞いた『村上天皇』の勅命によって『大将軍社』のある地に、ゆかりの深い『菅原道真公』を御祭神として『大阪天満宮』が創建されたということです。

大阪天満宮』と言えば『天神祭』が大変有名となるのですが『天神祭』の起源は『大阪天満宮』が創建されて翌々年の951年に始まっており『鉾流神事(ほこながししんじ)』であると言います。

天神祭』は『大阪天満宮』の一大祭事で日本各地の『天満宮(天神社)』で催される祭りとなり『江戸時代』の中期より『日本三大祭』の随一と称されています。

そんな『大阪天満宮』の一大祭事となる『天神祭』の『宵宮祭』が行われる前日の7月の23日に出かけました。

準備が整いましたら『大阪天満宮』の散策スタートです。

 

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大阪天満宮『見どころ』天神祭前日『ギャルみこし』【御朱印】

今回は『日本三大祭』の随一と称される、大阪府大阪市北区天神橋にある『大阪天満宮』へとバイクを走らせる。

今回の目的は、1981年に『第1回天神祭ギャルみこし』が開催されて、今回で37回目を迎える『ギャルみこし』の『大阪天満宮』への『宮入』の見物です。

天神祭』の『宵宮祭』が行われる前日となるため、境内は準備のため慌ただしい雰囲気となります。

ギャルみこし』の『宮入』は15:00頃となり、現在の時間は11:00となるため、境内の散策を少ししたいと思います。

まずは『大阪天満宮』の『駐車場』から紹介しておきます。

 

『大阪天満宮』の見どころの『蛭子門』の奥が『駐車場』

大阪天満宮』には、少し気付きにくいのですが『見どころ』となる『蛭子門(えびすもん)』より中に入れば、30台ぐらい止められる『無料』の『駐車場』があります。

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大阪天満宮』には、6つの門があるのですが、それぞれが独自の用途と由来があるのですが、この南西に位置する『蛭子門』は、くぐって中に入ると左手に『蛭子社』がお祀りされていたことから『蛭子門』と呼ばれてきましたが、現在では『蛭子社』は西北の位置に移されたのですが『蛭子門』と言う名は今も変わらずに使われています。

駐車場』と書かれた立て看板は小さく『蛭子門』から中を覗いても「入っても大丈夫か?」と言う感じですが、大丈夫ですからご安心ください!

御神酒笑姿(おみきえびす)』と書かれた『えびすさん』の大きな『石像』と『ガラス発祥の地』の『石碑』を目印としておけば分かりやすいです。

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ガラス発祥の地』の『石碑』は、1979年に大阪ガラス製品協同組合の創立30周年を記念してこの地に建立されたのですが、日本の中でも大阪が最初に珍しい色のガラス玉細工を始めたので『発祥の地』とされています。

大阪の『天満』は、日本一のガラス製造都市となったのですが、時代は流れ天保以降になると、次第に『江戸』にその地位を奪われていきました。

天満』のガラスは、戦後の初め頃までは、なんとか健在していたのですが, その後は『公害問題』や『産業構造』の変化に対応出来ずに衰退していき、現在では限られた数のメーカーがあるだけとなっています。

と言うような『御神酒笑姿』の『石像』と『ガラス発祥の地』『石碑』も『見どころ』のひとつとなります。

尚、中に入れば『自転車』と『バイク』に関しても、十数台分ですが止めるスペースがあり、今回はそちらにバイクを駐車しました。

自転車』と『バイク』が止まっていることと、出入り口は少し狭くなりますのでお気を付けください!

それと、基本的な日は『駐車場』の利用は可能ですが『初詣』や『天神祭』など大きな『神事』が行われるときは利用できませんのでお気を付けください!

 

『大阪天満宮』の『見どころ』の『大門』

駐車場』にバイクを止めるとそのまま『本殿』に進めますが『蛭子門』より、20mぐらい東にある『表大門』より、今回は境内に入ることにします。

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表大門』だけでも、さまざまな『見どころ』があります。

まずは、毎年6月末から7月中旬に行われる神社の『神事』のひとつとなる『茅の輪くぐり』の『茅の輪』が設置されています。

茅の輪くぐり』は、6月末までの半年間のけがれを祓い、無事に夏の暑さを乗り越え、残り半年間に何事も無く元気に過ごせるように『無病息災』を願う為のもので、たくさんの方が各神社に『茅の輪』をくぐる為に訪れます。

茅の輪くぐり』には、くぐり方に順序があるのですが『茅の輪』のくぐり方を書いた記事がありますので、宜しければそちらをご覧下さい!

『茅の輪』に関する記事は後ほどコチラをご覧下さい  

  【七夕祭り】機物神社『織姫』を御祭神とする唯一の神社【御朱印】

しかし本来『茅の輪』とは、その名の如く輪になっているはずなのですが『大阪天満宮』の『茅の輪』は、輪にはなっておらず、違った意味合いがあるのかもしれません。

奉納された『茅輪用近江葦(ちのわようおうみよし)』となるのですが、この『茅の輪』は有名な『』で作られており、近江八幡の『』と言えば、2006年1月26日に『西の湖』や『長命寺川』さらに『八幡堀』とその周辺の『葦地』が『重要文化的景観』選定制度適用の全国第1号として『近江八幡の水郷』の名称で選定を受けている地域の『』となます。

この地方の『』は『江州葦』と呼ばれ、品質の良さは全国的に有名となるほか『』には、川の水を浄化する力があるとされ『』で作られた『葦の輪』をくぐることで『汚れを浄化し再生の力』を授かると言う力があると言います。

この時期に訪れた際には、お見逃しの無いように・・・

さらに『茅の輪』の奥には、見覚えのある形の『大注連縄(おおしめなわ)』が・・!

大きさこそは違いますが『出雲大社』の・・・!

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大注連縄』と書かれた小さな木札に、小さな文字で『御神退千百年大祭記念奉納』と書かれており、松江にある『出雲玉造天満宮』から奉納されたものと書かれています。

出雲は『大阪天満宮』の『天神さん』こと『菅原道真公』の父親の赴任地となるほか、母親は出雲の人で『菅原道真公』も出雲生まれであるという説が残っています。

出雲から『大注連縄』が奉納されるということは『菅原道真公』との『』の深さと、出雲から『大阪天満宮』への尊敬が込められているとも言えるのではないでしょうか

表大門』の最後の『見どころ』は、見上げると色鮮やかな大きな『方位盤』があるのと『鳳凰の彫り物』が左右に設置されていところです。

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少し変わっているのが『表大門』の天井に吊ってある『方位盤』には『十二支』によって方位を示しているのですが、なぜか『』のところだけが『十二支』の『鶏(にわとり)』ではなく『鳳凰(ほうおう)』になっています。

さまざまな憶測が飛び交うのですが、全国各地に残る伝承において、神様が最も嫌う動物としての事例が多いのが『』であることや、古代の日本では『』は『不吉を告げる妖鳥』であり『この世とあの世の境目や、夜と昼との境目を告げる境界的な鳥』と考えられていると言うこと、さらには九州の大宰府に左遷された『菅原道真公』が、行く途上に立ち寄った『道明寺』で詠んだ歌から来ているとも言われています。

鳴けばこそ 別れを急げ 鶏の音の 聞こえぬ里の 暁もがな

』が鳴いてしまったから別れを急ぐことになってしまい、もし夜明けにその声が聞こえない里であればどんなによいであろうか、と言った内容の歌となり、無念の出立(しゅったつ)を急かされた歌であるため『大阪天満宮』では『』を避ける傾向があり、鶏卵をお供え物にすることは無いと言います。

それではなぜ『鳳凰(ほうおう)』にしたのかと言うと『菅原道真公』の伝承にある『大将軍』とは、陰陽道でいう西方の星となる『太白星(金星)』のことで『太白星』は『鳳凰』を乗り物とすると言うことです。

と言うように『表大門』だけでもさまざまな『見どころ』が隠れていました。

 

『大阪天満宮』の『本殿』と『大将軍社』

表大門』をくぐり抜けて境内に入ると、すぐ目の前に『拝殿』があり『拝殿』の前には、平安時代の貴族の乗り物であった『御羽車の神輿』が、この後に『天神橋筋商店街』を巡行していく『御羽車巡幸祭』が行われると言うことで待機しています。

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御羽車巡幸祭』は、昭和五十六年に『天神橋筋商店街』からの申し出により『天神祭』の25日に行われる『陸渡御』の前に神様が北へお渡りになる巡行として実現したと言います。

大阪天満宮』を出発し『天神橋筋商店街』を巡行中に『天神祭』の無事と『天神橋筋商店街』の『商売繁盛』を願い『駐輦祭』が行われます。

さらに、今回のお目当てとなる『ギャルみこし』は『御羽車巡幸祭』が始まった翌年の、昭和五十七年から『御羽車』の随員ということで『宮入』が実現したと言います。

まずは『拝殿』にて参詣を済ませます。

大阪天満宮』の由緒として、奈良時代となる白雉元年(はくちがんねん)650年に『孝徳天皇(こうとくてんのう)』が『難波長柄豊崎宮』を造営されたときに都の北西を守護する神として『大将軍社』と言う神社をこの地にお祀りし、以来この地を『大将軍の森』と称し、のちに『天神の森』と呼ばれ、現在では『南森町』となりますが名残を残す形となります。

901年に『菅原道真公』が、京都から大宰府へ左遷(させん)させられた際に『大将軍社』に参詣し旅の安全を祈願して向かったと言います。

その後、大宰府にて亡くなり、その約50年後となる949年に『大将軍社』の前に一夜にして七本の松の木が生え、夜ごとにその木の幹や枝の先が光ったと言い、それを聞いた『村上天皇』の勅命によって『大将軍社』のある地に、ゆかりの深い『菅原道真公』を御祭神として『大阪天満宮』が創建されたということです。

なお『大阪天満宮』よりも250年ほど昔からこの地に存在した『大将軍社』は、今では『大阪天満宮』の境内社の1つとして、境内の西北の辺りに鎮座しています。

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現在目にしている『大阪天満宮』の『本殿』は、1843年に再建されたものとなるのですが、江戸時代の記録に残るだけでも『大阪天満宮』は、七度に及ぶ火災に遭っており、そんな中でも大阪市中を焼き尽くした1724年の『妙知焼け』や1837年に起こった『大塩平八郎の乱』による大火では『本殿』もろとも全焼しました。

今こうして『大阪天満宮』が存在するのも、その後の大阪市中の氏子や崇敬者の力があったからだと言います。

 

『大阪天満宮』の『見どころ』の『西登龍門』と『東登龍門』

大阪天満宮』の『見どころ』のひとつとなるのが『本殿』の東西にある『東登龍門』と『西登龍門』です。

この『登龍門』は、普段は固く扉は閉じられ出入りすることができないのですが、年に1度だけ『初天神』の日にだけ開門され、通り抜けできるようになります。

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1837年に起きた『大塩平八郎の乱』で『本殿』をはじめとして多くの社殿が焼失し、再建されてきたのですが『東登龍門』と『西登龍門』にあった龍の図柄の『金燈籠』に関しては、台座を残すのみとなっていたのですが『菅原道真公』の『千百年大祭記念』として、篤志の方の奉納により当時の図柄の『燈籠』が再建されたと言います。

登龍門』の屋根の部分は、威勢よく跳ね上がる『鯉胴体』に『』が巻き上がり、逆巻く水面から天空を目指し舞い上がろうとしている姿は、一見普通とは違っているように見えるのですが、この『唐門』こそが『登龍門』であり『龍門』は、中国の黄河上流で『』などがその下に集まり、多くの『』は登ることができないのですが、登ることが出来れば『』になると言う故事に基づき、この『東登龍門』と『西登龍門』を通り抜ければ『必ず出世する』と言われる関門となっています。

登龍門』の通り抜けで『出世』を祈願したい方は、年に1度の『初天神』にお出かけください!

 

『大阪天満宮』の『天神祭』の前日の『見どころ』の『御羽車巡幸祭』

11時30分を迎えると同時に『天神祭』の『宵宮』の前日に行われる『御羽車の神輿』が『天神橋筋商店街』に向かい『天神祭』の無事と『天神橋筋商店街』の商売繁盛を願いに巡行に出発です。

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多くの方が見送るなか、静かに巡行をはじめ、14時40分頃に『大阪天満宮』に戻ってきたあと『本殿』にて『還御祭』が斎行されます。

途中『天神橋筋商店街』の天神橋筋四丁目にある『夫婦橋』付近で『ギャルみこし』との手打ちが行われ、天神橋筋六丁目にて『駐輦祭』が行われます。

とりあえず『ギャルみこし』が待機する『夫婦橋』付近に移動してみます。

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御羽車の神輿』は、それほどの人だかりは無かったのですが、こちらはやはり超人気で『天神橋筋商店街』が通行できないぐらいの人だかりとなります。

今では、超メジャーとなった『ギャルみこし』を、ひとめ見物しようと、たくさんの人々が押し寄せ、そんな人々であふれ返った『天神橋筋商店街』の中を練り歩いていくため、幅が狭いところなどでは人がすれ違うのもやっとの状態となります。

程なく到着した『御羽車の神輿』との手打ちを行ったあと、12時00分より『ギャルみこし』は『大阪天満宮』とは、逆方向の天神橋筋六丁目の『天六奉安所』に向けて、明るく楽しい街づくりを目指して練り歩いていきます。

大阪天満宮』に『宮入』するのは15時00分頃となるりますので、とりあえず『大阪天満宮』に戻って境内の散策に戻ります。

 

『ギャルみこし』大阪天満宮に宮入!

14時40分になり、まずは『御羽車の神輿』が『大阪天満宮』に到着し『本殿』の前にて『還御祭』を斎行したあと、14時55分に元気いっぱいの「ワッショイ!ワッショイ!」の掛け声と共に『ギャルみこし』が『大阪天満宮』に『宮入』してきます。

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若き彼女らが担ぐ『神輿』は二基出動し、一基あたりの『神輿』の重量は200kgあると言います。

ニュースなどでも取り上げられる面接選考会では、来賓者や面接審査委員、さらに二次審査を合格した方全員の前で、檀上に上がり『自己PR』を行ったあと重さ約70kgある『天秤棒』を3回担ぎあげると言います。

女性にとって70kgという重量の『天秤棒』を担ぐのは至難の業となるのですが、長時間『神輿』を担ぐための『瞬発力』と『持久力』が測定され、自己アピールでは『躍動感』や『表現力』さらには『度胸』そして最も重要な『熱意』が試されると言います。

女性と言えども、難度の高い審査をくぐり抜けてきた強者揃いですので、パワフルで勢いが違います!

1981年に、地域の振興と大阪文化の高揚、さらには明るく楽しい街づくりを目指して、第1回としての『天神祭ギャルみこし』が開催されています。

正式名称は『天神祭女性神輿』だったのですが、大阪で有名になっていくにつれて、いつの頃からか『ギャルみこし』と、親しみを込めて呼ばれるようになりました。

ギャルみこし』で着用している『ハッピ』のデザインにも意味があり『赤色』は、女性としての元気の良さを表すカラーで『白色』は、女性ならではの清潔感を表し『青色』は、大川の水をイメージし、腰に描かれた『石組み模様』は、大阪城の石垣をイメージした模様で女性らしさを表しています。

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大阪天満宮』へ『宮入』し、元気いっぱいに境内を練り歩いたあとは、最終目的地となる『JR天満駅前』に向かう前に10分~15分ぐらいの休憩があり、実際に担いでいた二基の『神輿』や『ギャルみこし』用の『大うちわ』などが置かれていますので、出発するまでの間に『記念写真』を撮ることが出来ますのでお見逃しの無いように・・・

と、言ったところで『ギャルみこし』の『大阪天満宮』への『宮入』の紹介は終了とします。

 

『天神祭』の『見どころ』の御迎え人形としじみの藤棚

ギャルみこし』が境内をあとに『JR天満駅前』に向けて練り歩きだしたところで、もう少し境内の『見どころ』を紹介します。

東登龍門』の前に『御迎え人形』と『しじみの藤棚』があります。

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しじみの藤棚』は、その名の通り『しじみ貝』をふんだんに使用した、アイデアと奇抜さが大変おもしろ味があり、それだけを見ているだけでも楽しめます。

今回『しじみの藤棚』初めて見ましたが『しじみ貝』の裏側の紫色を重ねて『』の花に見立てたもので、約1万個の『しじみ貝』を使っていると言うことです。

ブラックライト』を使用することで『しじみ貝』の紫色が色鮮やかになり幻想的な雰囲気の空間を作り出しています。

奥に進んで行くと『御迎え人形』が、数体飾られています。

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江戸時代に、祭礼などの『神事』のひとつで、神体や神霊を船に乗せて川や海を渡す『船渡御(ふなとぎょ)』があり、大川下流の神幸の目的地をさす『御旅所(おたびしょ)』に向かって下航していた頃『御旅所』の周辺の氏子達は『お迎え船』の船団を仕立てて『船渡御』を出迎えました。

元禄期(1688年~1704年)になると、氏子達は町ごとに豪華絢爛の大型人形を造り『お迎え船』に飾りました。

これを『御迎え人形』と呼び、人形は当時流行の『人形浄瑠璃』や『歌舞伎』の登場人物をモデルに造られ、幕末の最盛期には50体を超えていましたが、現在は16体を残すだけとなっています。

天神祭』の時期になると『大阪天満宮』の境内や『帝国ホテル』のロビーなどに『御迎え人形』が飾られます。

そして『御迎え人形』が必ず『赤色』の物を身につけているのは『疫病祓い』という意味があると言うことです。

 

『三ツ屋根地車』と『龍おどり』は『天神祭』の『見どころ』

天神祭』の『見どころ』となり、唯一残る『地車(だんじり)』となる『三ツ屋根地車』です。

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神様の氏地への御出座を奉祝するために、氏子たちが引っ張って行く練り物を『地車(だんじり)』と言います。

天神祭』では、江戸時代初期から氏地各町で『地車』が引かれ、最盛期には総数71輌もの『地車』がありました。

しかし1837年に起きた『大塩平八郎の乱』で、多くの町家と共に焼失してしまいました。

幕末の頃には7輌となり、現在では『三ツ屋根地車』の1輌を伝えるだけです。

この『三ツ屋根地車』は、1852年に『天満青物市場』によって作られたもので、前後の屋根の間に、神座を覆う屋根を重ねた珍しい形式から『三ツ屋根地車』と呼ばれています。

江戸時代に『地車』を引いていた『天満青物市場』の伝統を受け継いで『三ツ屋根地車』で『地車囃子(だんじりばやし)』を演奏する『車楽構(しゃらくこう)』が結成され、その後、御祭神である『菅原道真公』の千五十年祭を機に、改めて『地車構(じぐるまこう)』と改称し『地車囃子』の演奏を引き継ぎました。

そんな『地車構』が魅せる『宵宮祭』の『一番鉦(いちばんがね)』の『龍おどり』です。

天神祭』の『宵宮祭』が始まる、7月24日の朝一番となる午前4時00分に『大阪天満宮』の境内にて『一番太鼓』が打ち鳴らされたあと『地車構』の『だんじりばやし』の演奏と共に、美女とイケメンの2名の『龍おどり』の達人が舞台上で『』となり競演します。

互いが『踊り師』としての、究極の舞を魅せてくれます。

と、言ったところで『大阪天満宮』の散策が終了となります。

天神祭』が始まる前日と『宵宮祭』の朝一番の『見どころ』の紹介でしたが、こんな一大イベントより始まる『天神祭』を是非一度お出かけいただきお楽しみください!

 

『大阪天満宮』の御朱印!

大阪天満宮』の参詣がすべて終了し『朱印所』にて『御朱印』をいただきました。

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尚『御朱印』に関しては、基本的にひとつにつき300円を納めれば、いただくことが出来ます。

御朱印』に関しては、寺社で参拝しなければいただけないというものではなく『仏像鑑賞』や『パワースポット巡り』など、別な楽しみも兼ねた証として、いただくという考え方もあります。

寺社を訪ねるだけでなく『御朱印集め』は、何を書くのか?どんなハンコ(朱印)を押すのか?字の良し悪しなどを楽しみのひとつとして収集するのもいいものですよ。

管理人は、訪れる場所ごとにいただいているので、正確に数えたことはないですが、1000に手が届きそうなくらいとなり、今となっては、ちょっとした『コレクション』になっています。

御朱印集め』を、はじめようとお考えの方には、是非お勧めいたします。

尚、近年では『御朱印』を『スタンプラリー』のように参拝もしないで、いただきに行く人が増えていると言うことですが、最低限のマナーとしては、参拝が終了してからいただくことをお勧めしておきます。

さらに『朱印所』にて気になる運試しの『スポット』があるのに気付き、試しにチャレンジしてみることにしました。

 

『大阪天満宮』で運試し『願い玉』

大阪天満宮』の『本殿』の右手側を北に歩き進め、境内から一旦外に出てたらすぐにある『星合池』で運試しできる『願い玉』となります。

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願い玉』は、500円玉ほどの大きさの木でできた『』となるのですが、境内の『授与所』もしくは『星合池』に架かる『星合橋』を渡ったところにある『星合茶寮』で、初穂料500円を納めればいただけます。

願い玉』を3つ選び、成就させたい思いを心に思い浮かべながら『星合池』に浮かぶ『梅型』の的に向かい『願い玉』を投じると言う簡単なものです。

星合池』の歴史は古く『大阪天満宮』が創建した949年には「この池の水面に霊光が映った」との伝承が残る古池となります。

その昔『星合池』に架かる『星合橋』の上で、お見合いを行なったことから、通称『愛嬌橋』とも呼ばれ、橋の上で出会った男女が結ばれると言う『良縁祈願』の名所となっています。

そんな由緒のある『星合池』に『大阪天満宮』の御祭神となる『菅原道真公』が愛でられた『梅の花』の形をした的が浮かべてあります。

願い事に応じた色の花の的に投じた『願い玉』が載れば、その願いは成就すると言われています。

願いを込め『巫女』が焼印を押し奉製した『願い玉』をそっと投じてみてください!

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尚『願い玉』はすべて投じなくても、ご自身が望む願いの花びらに載せることが出来たら、残りの『願い玉』は記念に持ち帰るのもいいかと思います。

ちなみに我が姫君は、一投目は、力加減が分からず的に届きもしなかったのですが、二投目で『白色』の的に載り『健康・病気平癒』となりましたので、最後の一枚の『願い玉』は、持ち帰ることにしました。

この地には『星合池』をはじめとして『七夕池』や『明星池』と言った3つの池があり『天満三池』と呼ばれてきましたが、現存するのは『星合池』のみとなっています。

大阪天満宮』が誇る『パワースポット』となりますので、訪れた際には是非一度『運試し』に『星合池』に立ち寄ってみてください!

 

『大阪天満宮』のアクセス及び駐車場情報!

  【基本情報】

*基本情報は、できる限り新しい情報を掲載することを心掛けていますが、すべての変化に対応できないのが現状となりますのでご了承ください。

大阪天満宮

  • 住所:〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋2-1-8
  • 電話:06-6353-0025
  • 時間:9:00~17:00
  • 休み:年中無休
  • 拝観料:無料
  • 駐車場:無料(30台)
  • アクセス:【公共交通機関】(地下鉄谷町線または堺筋線)の『南森町駅』で下車してDEF階段を上り4番出入口を出てすぐの『天神橋商店街』を右へ行き二ツ辻目を左へ50m(徒歩2分)
    (JR東西線)の『大阪天満宮駅』で下車して3番出入口(東西線アクセスビル)を出てすぐの『天神橋商店街』を左へ行き二ツ辻目を左へ50m(徒歩2分)
    お車】阪神高速道路(1号環状線)『北浜』の出口を出て左折し1つ目の信号『西天満1東』を右に曲がりさらに1つ目の信号『菅原町西』の交差点の『高速道路守口線』の『』を左折し2つ目の信号を右折して直進し交差点(信号)を経て100m(約5分)

最後までお付き合いいただき本当にありがとうございます。

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