大阪天満宮~見どころ紹介【アクセス・駐車場・御朱印】

2020年1月27日

今回紹介するのは、大阪府大阪市北区天神橋に鎮座する「大阪天満宮」です。

大阪天満宮」が、創建されることになったのは、949年に「大将軍社」の前に、一夜にして七本の松の木が生えて、夜ごとに木の幹や枝の先が光ったと言い、それを聞いた「村上天皇」の勅命によって「大将軍社」の地にゆかりの深い「菅原道真公」を、御祭神としてお祀りしたことが始まりで「大阪天満宮」が、創建されたと言うことです。

大阪天満宮の本殿です。

大阪天満宮の本殿です!

また「大阪天満宮」と言えば「天神祭」が大変有名となるのですが「天神祭」の起源は「大阪天満宮」が創建されて、翌々年の951年に始まっており「鉾流神事(ほこながししんじ)」であると言います。

天神祭」は「大阪天満宮」の一大祭事となり、日本各地の「天満宮(天神社)」で催される祭りとなり、江戸時代の中期より「日本三大祭」の随一と称されています。

そんな「大阪天満宮」の一大祭事となる「天神祭」の「宵宮祭」が行われる、前日の7月23日に訪れました。

準備が整いましたら「大阪天満宮」の、散策スタートです!

 

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大阪天満宮~見どころ紹介【アクセス・駐車場・御朱印】

今回は「日本三大祭」の随一と称される、大阪府大阪市北区天神橋にある「大阪天満宮」に向けて、バイクを走らせます。

今回の目的は、境内の見どころを回ることと、1981年に「第1回天神祭ギャルみこし」が開催されて、今回で37回目を迎える「ギャルみこし」の「大阪天満宮」への「宮入」の見物も兼ねるものとなります。

天神祭」の「宵宮祭」が行われる前日と言うことで、境内は準備のため慌ただしい雰囲気となります。

ギャルみこし」の「宮入」は、お昼の15時00分頃となり、現在の時間は朝の11時00分となるため、それまでのあいだに境内の散策を進めていきたいと思います。

まず初めに「大阪天満宮」への「アクセス」と「駐車場」に関して、簡単に紹介しておきます。

 

大阪天満宮へのアクセスは良好です!

大阪天満宮」へのアクセスは「マイカー」を利用しても「公共交通機関」を利用しても、比較的簡単に行くことができます。

まず初めに「公共交通機関」を利用して行く場合ですが「最寄り駅」となるのが「大阪メトロ谷町線または堺筋線」の「南森町駅」ですが、下車したら「DEF階段」を登り、4番出入口を出ます。

すぐ前にある「天神橋商店街」を右へ行き、二ツ辻目を左へ行くだけの、簡単なアクセスとなります。

駅を出てから50メートルほどですので、2分で行くことができます。

また「JR東西線」の「大阪天満宮駅」の場合は、3番出入口(東西線アクセスビル)を出たら、すぐ前の「天神橋商店街」を左へ行き、二ツ辻目を左へ行くだけです。

こちらからでも50メートルほどですので、2分で行けます。

続いて「マイカー」を利用して行く場合は「阪神高速1号環状線」の「北浜IC」を降りるのですが、降りてすぐにある「難波橋北詰」の信号を左折し、すぐにある1つ目の信号「西天満1東」の交差点を右に曲がります。

さらに1つ目の信号となる「菅原町西」の交差点を左折するのですが「側道」ではなく「本線」に入り「阪神高速道路守口線」の下を走り進めるます。

2つ目の信号を右折し、あとは直進するだけですが「名前の無い交差点(信号)」を過ぎてから、100メートル先の左手側が「大阪天満宮」の「駐車場」です。

北浜IC」からは、700メートルしかありませんので、約5分で行くことができます。

以上が「大阪天満宮」を訪れる「アクセス方法」となります。

 

蛭子門の奥に駐車場があります!

大阪天満宮」には、少し気付きにくいのですが、見どころのひとつとなる「蛭子門(えびすもん)」より中に入れば、30台ぐらい止められる「無料」の「駐車場」が用意されています。

蛭子門より中に駐車場があります。

蛭子門より中に駐車場があります!

大阪天満宮」には、合計で6つの門があるのですが、それぞれが独自の用途と由来があるのですが、この南西に位置する「蛭子門」は、くぐって中に入ると、左手側に「蛭子社」が、お祀りされていたことから「蛭子門」と、呼ばれています。

現在では「蛭子社」は、西北の位置に移されたのですが「蛭子門」と言う名は、今も変わらずに使われています。

駐車場」と書かれた、立て看板は小さく「蛭子門」から中を覗いても「入っても大丈夫か?」と言う感じですが、大丈夫ですからご安心ください!

御神酒笑姿(おみきえびす)」と、書かれた「えびすさん」の大きな「石像」と「ガラス発祥の地」の「石碑」を、目印にしておけば分かりやすいです。

御神酒笑姿と書かれた大きな石像です。

御神酒笑姿と書かれた大きな石像!

ガラス発祥の地」の「石碑」は、1979年に「大阪ガラス製品協同組合」の創立30周年を記念して、この地に建立されたのですが、日本の中でも、大阪が最初に珍しい色のガラス玉細工を始めたので「発祥の地」とされています。

大阪の「天満」は、日本一のガラス製造都市となったのですが、時代は流れて、天保以降になると、次第に江戸にその地位を奪われていきました。

天満」のガラスは、戦後の初め頃までは、なんとか健在していたのですが, その後は「公害問題」や「産業構造」の変化に対応できずに衰退していったのですが、現在では、限られた数のメーカーがあるだけとなっています。

と、言うような「御神酒笑姿」の「石像」と「ガラス発祥の地」の「石碑」も、見どころのひとつとなります。

尚、中に入れば「自転車」と「バイク」に関しても、十数台分ではありますが、止めるスペースが用意されていますので、今回は、そちらにバイクを駐車しました。

マイカー」での注意点としては、上記で言ったように「自転車」と「バイク」が止まっていることと、出入口に関しても、少し狭くなりますのでお気を付けください!

それと、基本的な日は「駐車場」の利用は可能ですが「初詣」や「天神祭」など、大きな神事が行われるときは利用できませんので、お気を付けください!

以上が「駐車場」の紹介となります。

 

大阪天満宮の見どころ「大門」

駐車場にバイクを止めると、そのまま本殿に向けて歩き進めますが「蛭子門」より、20メートルぐらい東にある「表大門」より、今回は境内に入ることにします。

大阪天満宮の『表大門』です。

大阪天満宮の『表大門』です!

表大門」だけでも、さまざまな見どころがあります。

まずは、毎年6月末から7月中旬に行われる神事のひとつとなる「茅の輪くぐり」の「茅の輪」が設置されています。

茅の輪くぐり」は、6月末までの半年間のけがれを祓い、無事に夏の暑さを乗り越え、残り半年間に何事も無く元気に過ごせるように「無病息災」を願う為のもので、たくさんの方が、各神社に「茅の輪」をくぐる為に訪れます。

茅の輪くぐり」は、くぐり方に順序があるのですが「茅の輪」のくぐり方を書いた「機物神社」の記事がありますので、宜しければそちらをご覧下さい!

機物神社の記事は後ほどコチラをご覧下さい

『織姫様』に願い事を書きます。
機物神社【アクセス・駐車場・御朱印】七夕祭りは大賑わい

今回紹介するのは、大阪府交野市倉治にある「七夕伝説発祥・織姫伝説」が伝わる「機物神社(はたものじんじゃ)」です。 「機物神社」を「はたものじんじゃ」と、どれだけの方が読むことができるのでしょうか? 「機物神社」は、日本で唯一「七夕」でおなじみの「織姫様」こと「天棚機比売大神(あまのたなばたひめ)」を ...

本来「茅の輪」とは、その名の如く輪になっているはずなのですが「大阪天満宮」の「茅の輪」は、輪にはなっておらず、違った意味合いがあるのかもしれません。

奉納された「茅輪用近江葦(ちのわようおうみよし)」となるのですが、この「茅の輪」は、有名な葦で作られています。

近江八幡の葦と言えば、2006年1月26日に、西の湖や長命寺川、さらに八幡堀とその周辺の「葦地」が「重要文化的景観」の選定制度適用の、全国第1号として「近江八幡の水郷」の名称で選定を受けています。

この地方の葦は「江州葦」と呼ばれ、品質の良さは全国的に有名となるほか、葦には、川の水を浄化する力があるとされ、葦で作られた「葦の輪」をくぐることで「汚れを浄化し再生の力を授かる!」と言う、力があると言います。

この時期に訪れた際には、お見逃しの無いように・・・

さらに「茅の輪」の奥には、見覚えのある形の「大注連縄(おおしめなわ)」が・・!

大きさこそは違いますが「出雲大社」の・・・!

出雲大社と同じ『大注連縄』です。

出雲大社と同じ『大注連縄』です!

大注連縄」と書かれた小さな木札に、小さな文字で「御神退千百年大祭記念奉納」と書かれており、松江にある「出雲玉造天満宮」から奉納されたものと書かれています。

出雲は「大阪天満宮」の「天神さん」こと「菅原道真公」の父親の赴任地となるほか、母親は出雲の人で「菅原道真公」も、出雲生まれであると言う説が残っています。

出雲から「大注連縄」が奉納されると言うことは「菅原道真公」との縁の深さと、出雲から「大阪天満宮」への尊敬が、込められているとも言えるのではないでしょうか

表大門」の最後の見どころは、見上げるとある、色鮮やかな大きな「方位盤」と「鳳凰の彫り物」が、左右に設置されているところです。

『方位盤』と『鳳凰の彫り物』です。

『方位盤』と『鳳凰の彫り物』

少し変わっているのが「表大門」の天井に吊ってある「方位盤」には「十二支」によって方位を示しているのですが、なぜか「」のところだけが「十二支」の「鶏(にわとり)」ではなく「鳳凰(ほうおう)」になっています。

さまざまな憶測が飛び交うのですが、全国各地に残る伝承において、神様が最も嫌う動物としての事例が多いのが「」であることや、古代の日本では「」は「不吉を告げる妖鳥」であり「この世とあの世の境目や、夜と昼との境目を告げる境界的な鳥」と考えられています。

さらに、九州の大宰府に左遷された「菅原道真公」が、行く途上に立ち寄った「道明寺」で詠んだ歌から来ているとも言われています。

鳴けばこそ 別れを急げ 鶏の音の 聞こえぬ里の 暁もがな

」が鳴いてしまったから、別れを急ぐことになってしまい「もし夜明けにその声が聞こえない里であれば、どんなによいであろうか」と、言った内容の歌となり、無念の出立(しゅったつ)を急かされた歌であるため「大阪天満宮」では「」を避ける傾向があり、鶏卵をお供え物にすることは無いと言います。

それでは、何故「鳳凰(ほうおう)」にしたのかと言うと「菅原道真公」の伝承にある「大将軍」とは、陰陽道で言う西方の星になる「太白星(金星)」のことで「太白星」は「鳳凰」を、乗り物とすると言うことです。

と言うように「表大門」だけでも、さまざまな見どころが隠れていました。

 

大阪天満宮の見どころ「大将軍社」

表大門」をくぐり抜けて境内に入ると、すぐ目の前に拝殿があり、拝殿の前には、平安時代の貴族の乗り物であった「御羽車の神輿」が見えています。

この後に「天神橋筋商店街」を巡行していく「御羽車巡幸祭」が行われると言うことで、待機しているようです。

貴族の乗り物『御羽車の神輿』です。

貴族の乗り物『御羽車の神輿』

御羽車巡幸祭」は、昭和五十六年に「天神橋筋商店街」からの申し出により、25日の「天神祭」で行われる「陸渡御」の前に、神様が北へお渡りになる巡行として、実現したと言います。

大阪天満宮」を出発し「天神橋筋商店街」を巡行中に「天神祭」の無事と「天神橋筋商店街」の商売繁盛を願い「駐輦祭」が行われます。

さらに、今回のお目当てとなる「ギャルみこし」は「御羽車巡幸祭」が始まった、翌年の昭和五十七年から「御羽車」の随員と言うことで「宮入」が実現したと言います。

まずは「拝殿」にて、参詣を済ませます。

大阪天満宮」の由緒として、奈良時代となる白雉元年(はくちがんねん)650年に「孝徳天皇(こうとくてんのう)」が「難波長柄豊崎宮」を造営されたときに、都の北西を守護する神として「大将軍社」と言う神社を、この地にお祀りしたと言います。

以来この地を「大将軍の森」と称し、のちに「天神の森」と呼ばれ、現在では「南森町」となりますが、名残を残す形となります。

901年に「菅原道真公」が、京都から大宰府へ左遷(させん)させられた際に「大将軍社」を参詣して、旅の安全を祈願して向かったと言います。

その後、大宰府にて亡くなり、その約50年後となる949年に「大将軍社」の前に、一夜にして七本の松の木が生え、夜ごとにその木の幹や枝の先が光ったと言います。

それを聞いた「村上天皇」の勅命によって「大将軍社」のある地に、ゆかりの深い「菅原道真公」を御祭神として「大阪天満宮」が創建されたと言うことです。

なお「大阪天満宮」よりも、250年ほど昔からこの地に存在した「大将軍社」は、今では「大阪天満宮」の境内社の1つとして、境内の北西の辺りに鎮座しています。

境内社の1つ『大将軍社』です。

境内社の1つ『大将軍社』です!

現在目にしている「大阪天満宮」の本殿は、1843年に再建されたものとなるのですが、江戸時代の記録に残るだけでも「大阪天満宮」は、七度に及ぶ火災に遭っています。

そんな中でも、大阪市中を焼き尽くした、1724年の「妙知焼け」や、1837年に起こった「大塩平八郎の乱」による大火では、本殿もろとも全焼しました。

今こうして「大阪天満宮」が存在するのも、その後の大阪市中の氏子をはじめ、崇敬者の力があったからだと言います。

 

大阪天満宮の見どころ「西登龍門」と「東登龍門」

大阪天満宮」の見どころのひとつとなるのが、本殿の東西にある「東登龍門」と「西登龍門」です。

この「登龍門」は、普段は固く扉は閉じられ、出入りすることができないのですが、年に1度だけ「初天神」の日にだけ開門され、通り抜けできるようになります。

年に1度だけ開門される『登龍門』です。

年に1度だけ開門される『登龍門』

1837年に起きた「大塩平八郎の乱」で、本殿をはじめ多くの社殿が焼失し、その後再建されてきたのですが「東登龍門」と「西登龍門」にあった、龍の図柄の「金燈籠」に関しては、台座を残すのみとなっていたのですが「菅原道真公」の「千百年大祭記念」として、篤志の方の奉納により、当時の図柄の燈籠が再建されたと言います。

登龍門」の屋根の部分は、威勢よく跳ね上がる「鯉胴体」に龍が巻き上がり、逆巻く水面から、天空を目指して舞い上がろうとしている姿は、一見普通とは違っているように見えます。

この唐門こそが「登龍門」であり「龍門」は、中国の黄河上流で、鯉などがその下に集まり、多くの鯉は登ることができないのですが、登ることができれば「龍になる」と言う、故事に基づいて、この「東登龍門」と「西登龍門」を通り抜ければ「必ず出世する!」と言われる、関門となっています。

そんな「登龍門」の通り抜けて「出世を祈願したい!」と言う方は、年に1度の「初天神」にお出かけください!

 

天神祭の前日の見どころ「御羽車巡幸祭」

朝の11時30分を迎えると同時に「天神祭」の「宵宮」の前日に行われる「御羽車の神輿」が「天神橋筋商店街」に向かい「天神祭」の無事と「天神橋筋商店街」の商売繁盛を願い、巡行に出発します。

『御羽車の神輿』の巡行です。

『御羽車の神輿』の巡行です!

多くの方が見送るなか、静かに巡行をはじめ、お昼の14時40分頃に「大阪天満宮」に戻ってきたあと、本殿にて「還御祭」が斎行されます。

途中「天神橋筋商店街」の、天神橋筋四丁目にある「夫婦橋」付近で「ギャルみこし」との手打ちが行われ、天神橋筋六丁目にて「駐輦祭」が行われます。

とりあえず「ギャルみこし」が待機する「夫婦橋」付近に移動してみます。

ギャルみこしとの手打ちです。

ギャルみこしとの手打ちです!

御羽車の神輿」は、それほどの人だかりは無かったのですが、こちらはやはり大人気で「天神橋筋商店街」の中が、通行できないぐらいの人だかりとなります。

今では、超メジャーとなった「ギャルみこし」を一目だけでも見物しようと、たくさんの方々が押し寄せ、そんな人々であふれ返った「天神橋筋商店街」の中を練り歩いて行くため、幅が狭いところなどでは、人がすれ違うのもやっとの状態となります。

程なく到着した「御羽車の神輿」との手打ちを行ったあと、お昼の12時00分より「ギャルみこし」は「大阪天満宮」とは、逆方向の天神橋筋六丁目の「天六奉安所」に向けて、明るく楽しい街づくりを目指して練り歩いて行きます。

大阪天満宮」に「宮入」するのは、お昼の15時00分頃となりますので、とりあえず「大阪天満宮」に戻って、境内の散策を続けます。

 

「ギャルみこし」が大阪天満宮に宮入!

お昼の14時40分になり、まずは「御羽車の神輿」が「大阪天満宮」に到着し、本殿の前にて「還御祭」を斎行したあと、お昼の14時55分になると、元気いっぱいの「ワッショイ!ワッショイ!」の掛け声と共に「ギャルみこし」が「大阪天満宮」に「宮入」してきます。

『大阪天満宮』に『宮入』です。

『大阪天満宮』に『宮入』です!

若き彼女らが担ぐ神輿は、二基出動しているのですが、一基あたりの神輿の重量は、200kgあると言います。

ニュースでも取り上げられる面接選考会では、来賓者や面接審査委員さらに、二次審査を合格した方全員の前で檀上に上がり「自己PR」を行ったあと、重さ約70kgある「天秤棒」を、3回担ぎあげると言います。

女性にとって70kgと言う重量の「天秤棒」を担ぐのは、至難の業となるのですが、長時間「神輿」を担ぐための、瞬発力と持久力が測定され、自己アピールでは、躍動感や表現力さらには度胸、そして最も重要な熱意が試されると言います。

女性と言えども、難度の高い審査をくぐり抜けてきた強者揃いですので、パワフルで勢いが違います

1981年に、地域の振興と大阪文化の高揚さらには、明るく楽しい街づくりを目指して、第1回としての「天神祭ギャルみこし」が開催されています。

正式名称は「天神祭女性神輿」だったのですが、大阪で有名になっていくにつれて、いつの頃からか「ギャルみこし」と、親しみを込めて呼ばれるようになりました。

ギャルみこし」で着用しているハッピのデザインにも意味があり、赤色は女性としての元気の良さを表すカラーで、白色は女性ならではの清潔感を表し、青色は大川の水をイメージされているのですが、腰に描かれた石組み模様は「大阪城」の石垣をイメージした模様で、女性らしさを表しています。

休憩の間に記念写真を撮れます。

休憩の間に記念写真を撮れます!

大阪天満宮」へ「宮入」し、元気いっぱいに境内を練り歩いたあとは、最終目的地となる「JR天満駅前」に向かう前に、10分~15分ぐらいの休憩があります。

実際に担いでいた二基の「神輿」や「ギャルみこし」用の「大うちわ」などが置かれていますので、出発するまでの間に「記念写真」を撮ることができますので、お見逃しの無いように・・・

と、言ったところで「ギャルみこし」の「大阪天満宮」への「宮入」の紹介は、終了となります。

 

見どころのひとつ「御迎え人形」と「しじみの藤棚」

ギャルみこし」が境内をあとに「JR天満駅前」に向けて練り歩きだしたところで、もう少しだけ、境内の見どころを紹介します。

東登龍門」の前には、見どころのひとつとなる「御迎え人形」と「しじみの藤棚」があります。

約1万個の『しじみの藤棚』です。

約1万個の『しじみの藤棚』です!

しじみの藤棚」は、その名の通り「しじみ貝」をふんだんに使用した、アイデアと奇抜さが大変おもしろ味があり、それだけを見ているだけでも楽しめます。

今回「しじみの藤棚」を初めて見ましたが「しじみ貝」の裏側の紫色を重ねて「藤の花」に見立てたもので、約1万個の「しじみ貝」を使っていると言うことです。

ブラックライト」を使用することで「しじみ貝」の紫色が色鮮やかになり、幻想的な雰囲気の空間を作り出しています。

奥に進んで行くと「御迎え人形」が、数体飾られています。

数体の『御迎え人形』です

数体の『御迎え人形』です!

江戸時代の祭礼などの神事で、神体や神霊を船に乗せて川や海を渡す「船渡御(ふなとぎょ)」があり、大川下流の神幸の目的地をさす「御旅所(おたびしょ)」に向かって下航していた頃「御旅所」の周辺の氏子達は、お迎え船の船団を仕立てて「船渡御」を出迎えました。

元禄期(1688年~1704年)になると、氏子達は、町ごとに豪華絢爛の大型人形を造り、お迎え船に飾りました。

これを「御迎え人形」と呼び、人形は当時流行の「人形浄瑠璃」や「歌舞伎」の登場人物をモデルに造られ、幕末の最盛期には、50体を超えていましたが、現在では16体を残すだけになっています。

天神祭」の時期になると「大阪天満宮」の境内や、帝国ホテルのロビーなどにも「御迎え人形」が飾られます。

そして「御迎え人形」は、必ず赤色の物を身につけているのは「疫病祓い」と言う意味があると言うことです。

 

天神祭の見どころ「三ツ屋根地車」と「龍おどり」

天神祭」の見どころとなり、唯一残る「地車(だんじり)」となる「三ツ屋根地車」です。

唯一残る『三ツ屋根地車』です。

唯一残る『三ツ屋根地車』です!

神様の氏地への御出座を奉祝するために、氏子たちが引っ張って行く練り物を「地車(だんじり)」と言います。

天神祭」では、江戸時代初期から氏地各町で「地車」が引かれ、最盛期には、総数71輌もの「地車」がありました。

しかし、1837年に起きた「大塩平八郎の乱」で、多くの町家と共に焼失してしまいました。

幕末の頃になると、実に7輌となり、現在では「三ツ屋根地車」の、1輌を伝えるだけです。

この「三ツ屋根地車」は、1852年に「天満青物市場」によって作られたもので、前後の屋根の間に、神座を覆う屋根を重ねた珍しい形式から「三ツ屋根地車」と呼ばれています。

江戸時代に「地車」を引いていた「天満青物市場」の伝統を受け継いで「三ツ屋根地車」で「地車囃子(だんじりばやし)」を演奏する「車楽構(しゃらくこう)」が結成され、その後、御祭神である「菅原道真公」の、千五十年祭を機に、改めて「地車構(じぐるまこう)」と改称し「地車囃子」の演奏を引き継ぎました。

そんな「地車構」が魅せる「宵宮祭」の「一番鉦(いちばんがね)」の「龍おどり」です。

天神祭」の「宵宮祭」が始まる、7月24日の朝一番となる午前4時00分に「大阪天満宮」の境内にて「一番太鼓」が打ち鳴らされたあと「地車構」の「だんじりばやし」の演奏と共に、美女とイケメンの2名の「龍おどりの達人」が、舞台上で龍となって競演します。

互いが「踊り師」としての、究極の舞を魅せてくれます。

と、言ったところで「大阪天満宮」の散策が、終了となります。

天神祭」が始まる前日と「宵宮祭」での朝一番の見どころ紹介でしたが、こんな一大イベントより始まる「天神祭」を、是非一度お楽しみください!

 

大阪天満宮の御朱印です!

大阪天満宮」の参詣が、すべて終了した証として「朱印所」にて「御朱印」をいただきました。

大阪天満宮の『御朱印』です。

大阪天満宮の『御朱印』です!

尚「御朱印」に関しては、基本的には、ひとつにつき300円を納めれば、誰でも頂くことができます。

御朱印」に関しては、寺社で参拝しなければ頂けないと言うものではなく「仏像鑑賞」や「パワースポット巡り」など、別な楽しみも兼ねた証として頂くと言う考え方もあります。

寺社を訪ねるだけでなく「御朱印集め」は「何を書くのか?」や「どんなハンコ(朱印)を押すのか?」さらに「字の良し悪し」などを、楽しみのひとつとして収集するのも良いものですよ。

管理人は、訪れた寺社仏閣では必ず「御朱印」を頂いているので、正確に数えたことはないですが、知らず知らずの間に「1000」に手が届きそうなくらいになっています。

御朱印集め」を、始めようとお考えの方には、是非お勧めしたいと思います。

尚、近年では「御朱印」を「スタンプラリー」のように、参拝もしないで頂きに行く方が増えていると言うことですが、最低限のマナーとしては、参拝が終了してから頂くことをお勧めしておきます。

さらに「朱印所」にて、気になる「運だめし!」のスポットがあるのに気付き、試しにチャレンジしてみることにしました。

 

大阪天満宮で運だめし「願い玉」

本殿」の右手側にある境内を、北に向かって歩き進めて行くと、一旦外に出る形となるのですが、すぐ目の前にある「星合池」まで行けば「運だめし!」ができる「願い玉」があります。

運試しできる『願い玉』です。

運試しできる『願い玉』です!

願い玉」は、500円玉ほどの大きさで、木でできた「」となるのですが、境内の「授与所」もしくは「星合橋」を渡ったところにある「星合茶寮」でも、初穂料として500円を納めれば頂けます。

願い玉」を3つ選び、成就させたい願いを心に思い浮かべながら「星合池」に浮かんでいる「梅型の的」に向かって「願い玉」を投じると言う、簡単なものです。

星合池」の歴史は古く「大阪天満宮」が創建した、949年には「この池の水面に霊光が映った!」との、伝承が残る古池となります。

その昔「星合橋」の上でお見合いを行なったことから、通称「愛嬌橋」とも呼ばれ「橋の上で出会った男女が結ばれる!」という言い伝えから「良縁祈願の名所」になっています。

そんな由緒のある「星合池」に「大阪天満宮」の御祭神となる「菅原道真公」が愛でられた「梅の花の形をした的」が、浮かべてあります。

ご自身の願い事に応じた花の色の的に、投じた「願い玉」が載れば、その願いは「成就する!」と、言われています。

梅の花の形をした的に載せます。

梅の花の形をした的に載せます!

尚「願い玉」は、すべて投じなくても、ご自身が望む願いの花びらに載せることができたら、残りの「願い玉」は、記念に持ち帰るのも良いかと思います。

ちなみに我が姫君は、一投目は、力加減が分からず的に届きもしなかったのですが、二投目で白色の的に載せて「健康・病気平癒」となりましたので、最後の一枚の「願い玉」は、持ち帰ることにしました。

この地には「星合池」をはじめとして「七夕池」や「明星池」と言った3つの池があり「天満三池」と呼ばれてきましたが、現存するのは「星合池」のみとなっています。

大阪天満宮」が誇るパワースポットとなり、巫女さんが焼印を押して奉製した「願い玉」となりますので、ご自身の願いを込めて、そっと投じてみてください!

願い玉」に込めたその想いは、きっと届くはずです!

訪れた際は、是非一度「運だめし!」と考えて「星合池」に立ち寄ってみてください!

 

大阪天満宮のアクセス及び駐車場情報!

基本情報

*基本情報は、できる限り新しい情報を掲載することを心掛けていますが、すべての変化に対応できないのが現状となりますのでご了承ください。

大阪天満宮

  • 住所:〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋2-1-8
  • 電話:06-6353-0025
  • 時間:朝の9時00分~夕方の17時00分まで
  • 定休日:年中無休
  • 拝観料:無料
  • 駐車場:無料(30台)
  • アクセス:【公共交通機関】「大阪メトロ谷町線または堺筋線」の「南森町駅」で下車してDEF階段を登り4番出入口を出てすぐの「天神橋商店街」を右へ行き二ツ辻目を左へ50m(徒歩2分)
    JR東西線」の「大阪天満宮駅」で下車して3番出入口(東西線アクセスビル)を出てすぐの「天神橋商店街」を左へ行き二ツ辻目を左へ50m(徒歩2分)
    お車】「阪神高速1号環状線」の「北浜IC」を降りてすぐの「難波橋北詰」の信号を左折し1つ目の信号「西天満1東」の交差点を右に曲がりさらに1つ目の信号「菅原町西」の交差点を左折して側道ではなく「本線」に入り「阪神高速道路守口線」の下を走り進め2つ目の信号を右折したらあとは直進し交差点(信号)を過ぎて100m先の左手側が「大阪天満宮」の「駐車場」です700m(約5分)

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

大阪天満宮」は、大変に見どころの多い神社となりますが、特に一大祭事となる「天神祭」が開催される、7月23日及び7月24日には、多くの方で境内も埋め尽くされて、大いに賑わいます。
江戸時代の中期より日本三大祭の随一と称される「天神祭」も兼ねて、是非一度、参詣に訪れてみてください!

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