今回紹介するのは、大阪府大阪市阿倍野区松虫通にある「正圓寺(しょうえんじ)」です。
「正圓寺」は、大阪市阿倍野区の西端で、閑静な住宅街の上町台地の南端に位置する、標高14mの「聖天山山頂」に鎮座しています。
地元では「正圓寺」と呼ばれることはほとんど無く「天下茶屋の聖天さん」と、親しみを込めた通称で呼ばれるほか「聖天山」は山号ではなく「海照山」を山号とする真言宗単立の寺院となります。
天慶2年となる939年に「光道和尚」により開基されましたが、当時は現在地より東に500mのところにあった「般若山阿部寺」の一坊でした。
元禄年中となる1690年頃に、この地に「義道見明和尚」が寺を移転し「海照山正圓寺」と改めましたが、それよりも遡る南北朝の頃には、この付近には「吉田兼好」の庵があり、清貧自適な暮らしを営んでいたとも伝わっています。
本尊は木彫の大聖歓喜双身天王で、これは日本で最大を誇っています。
1989年から2002年までのあいだには、大相撲春場所開催のさい「鳴戸部屋(*現在の田子の浦部屋)」の相撲部屋の宿舎にもなっていたと言います。
境内には、鎮守の神を祭る「奥之院」と呼ばれる場所があり、鎮守堂(荼枳尼天)・寄松塚(八本松竜王)・石切社分祠・浪切不動明王・弁才天祠などが祭られています。
また「兼好法師の藁打石」と「兼好法師隠棲庵跡」の碑が境内東側に建っています。
小高い丘となる「聖天山」の北側には「聖天山公園」が整備されており、園内には「聖天山古墳」と呼ばれる古墳が残っていて、土器や馬具などが出土しています。
大阪市内にある、5カ所の低山巡りの対象となる山を「大阪5低山」と称した選定があるのですが「聖天山」の標高は14mと言うことで選ばれています。
「大阪5低山」の中には、条件付きですが「二等三角点がある山の中で日本で一番低い山!」として名高い、港区にある「天保山(4.5m)」も選定されており、阿倍野区の「聖天山(14m)」及び、生野区にある「御勝山(14m)」へと続き、住吉区の「帝塚山(19.9m)」さらには天王寺区にある「茶臼山(26m)」へと続きます。
そんな「正圓寺」の紹介となります。
準備が整いましたら「正圓寺」の、散策スタートです!
正圓寺~天下茶屋の聖天さん【アクセス・駐車場・御朱印】
今回は、大阪府大阪市阿倍野区松虫通に位置する「聖天山」の山頂に鎮座する「正圓寺」に向かうため、バイクにまたがりアクセルを絞ります。
大阪在住の管理人ですから「正圓寺」までは、10分もあれば到着できます。
「正圓寺」は、標高14mの「聖天山」の山頂にあるのですが、地元では「正圓寺」と呼ばれることはほとんど無く「天下茶屋の聖天さん」と、親しみを込めた通称で呼ばれています。
まず初めに「正圓寺」への「アクセス」と「駐車場」に関して、簡単に紹介しておきます。
聖天山へのアクセスは良好です!
「聖天山」への「アクセス」に関しましては「公共交通機関」を利用しても「マイカー」を利用しても、比較的簡単に行くことができます。
まず初めに「公共交通機関」を、利用して行く場合ですが「最寄り駅」となるのは3つあり、まずひとつ目が「南海本線/高野線」の「天下茶屋駅」で、下車してからは東方面に徒歩で約750mほどです。
残りの2つに関しましては、地元の人のほとんどが「チンチン電車」や「チン電」と呼ぶ「阪堺電気軌道」の路面電車の駅となるのですが、まずは、大阪府大阪市阿倍野区の「天王寺駅前停留場」から、同市住吉区の「住吉停留場」までを結ぶ「上町線」の「松虫駅」となるのですが、下車してからは西方面に徒歩で800mほどとなります。
もうひとつは「恵美須町停留場」から大阪府堺市西区の「浜寺駅前停留場」までを結ぶ「阪堺線」の「北天下茶屋駅」となるのですが、下車してからは一番近く、東方面に徒歩で約350mとなります。
いずれの駅からでも、10分足らずで行くことができるので、公共交通機関でのアクセスに関しては良好です。
続いては「マイカー」でのアクセスに関してですが「最寄りの高速道路」としましては「阪神高速14号松原線」となります。
「松原方面」からですと「文の里IC」を降りることになるのですが、降りたらすぐにある「文の里駅前」の交差点を右折して「府道28号線(あびこ筋)」に入ります。
少し先の「昭和町駅前」の交差点を右折して「松虫通」に入ったら、あとは直進のみです。
少し走り進めた先の「松虫」の交差点を越えたあと、さらに600mほど走り進めた先の右手側に「聖天山」があります。
「文の里IC」から1.6kmほどですので、約5分で行くことができます。
「阪神高速1号環状線方面」からですと「天王寺IC」を降りることになり、降りたあとはそのまま道なりに進み「天王寺駅前」の交差点を右折して「府道30号線(あべの筋)」に入ります。
しばらく走り進めた先にある「松虫」の交差点を右折してからは、先程と同じように600mほど走り進めた先の右手側に「聖天山」があります。
「天王寺IC」から2.6kmほどですので、約8分で行くことができます。
最後に駐車場に関してですが「聖天山」には専用の駐車場がありません。
従って、周辺にあるコインパーキングを利用することになります。
数台ほど止められる小さなコインパーキングが幾つかありますが、100メートルほど離れた松虫通沿いに「カーパーク聖天下」と言うコインパーキングありますので、そちらを利用して向かうのが分かりやすいかと思います。
車を駐車したら、東方面に伸びる軽い上り勾配の道を歩き進めて行けば「聖天山」へと行くことができます。
駐車スペースは4台ほどしかありませんが、閑静な住宅街と言うこともあり、空いている確率のほうが高いかと思います。
駐車料金に関しましては、朝の8時00分~夜の20時00分までは60分で200円となるほか、最大料金の設定もあり、駐車後24時間までで600円となります。
以上が「聖天山」への「アクセス」と「駐車場」の紹介となります。
正圓寺の表参道に立ち並ぶ石碑群!
ここでは、一番近くて分かりやすい「阪堺線」の「北天下茶屋駅」より「正圓寺」へと向かうのですが、歩き進めて行くと「聖天山公園」の出入口が見えてきます。
この出入口からでも「正圓寺」に向かうことは可能ですが、出入口を横目に見ながらさらに道なり歩き進めて行くと、左手側に小さなお堂に鎮座する1体のお地蔵さんが見えてきます。
老人性痴呆症、いわゆる老人ボケなるものを防ぐ「ぼけ封じのお地蔵さん」となるのですが、現実的には老いも若きも今もって原因も治療法も定かではない病ですから、仏像にすがるより仕方がないということで、生きるよろこびと生命力を取り戻すご縁を頂けると言います。
そんな「ぼけ封じのお地蔵さん」の横に、石造りの鳥居のかかった長く伸びる石階段があり、ここからでも「正圓寺」に向かえますが、さらに道なりに10~20メートルほど歩き進めた先にある表参道へと進みます。
「聖天山」と称されていますが、正式名称としては、山号を「海照山」とした「正圓寺」であり、お寺ではあるのですが、入口の石造りの鳥居からも分かるように、神仏習合(しんぶつしゅうごう)としての造りが見てとれます。
石造りの鳥居の向かって左手側には、柵で囲まれたちょっとした崖があるのですが、生い茂る草木の中に幾つかの石碑が置かれているのが見えます。
南北朝時代には「徒然草」の作者で知られる「兼好法師」こと「吉田兼好(卜部兼好)」が、この付近に移り住んで庵を結んでいたと言うこともあり「兼好法師隠棲庵跡」の石碑をはじめとした「兼好の 午睡さますか 蝉しぐれ」と詠まれた句碑や「兼好法師の藁打石」と刻まれた碑などが建てられています。
「兼好法師」は、藁を打ち筵(むしろ)を織って生計を立てたと言い、読経三昧し菩提を弔ったとされていますが、そんな藁仕事で使っていた「藁打石」がこの場所に残っています。
明治の中頃までは2個あった「藁打石」ですが、現在は1個だけとなったそうですが「大聖歓喜天」と刻まれた標碑の台石として現存しています。
さらに、一番左端に置かれている「兼好法師隠棲庵址」と刻まれた石碑は、丸山の地から移されものであると伝わっています。
正圓寺の山門前に立ち並ぶ石仏!
表参道となる石造りの鳥居をくぐり抜けて山門までの石階段をのぼり始めるのですが、十段ほどのぼり進めた右手側に小さなお社があります。
朱色の小さな明神鳥居と共に鎮座するお社は「初辰さん」となります。
初辰とは、毎月最初の辰の日のことを言い、この日に参拝すれば、より一層力を与えて守り助けてもらえると信仰されています。
4年を一区切りとして48回参拝すれば、満願成就すると言い、これは、四十八辰、つまり始終発達すると言う意味からきたもので、4年間月参りを続けられると言うのは、それだけで無事発達していることを現しています。
商売発達のために遠方から訪れる人も多く、大阪市内において「初辰まいり」と言えば「住吉大社」が有名となり、早朝から大勢の参拝者で大変賑わうと言われています。
そんな「初辰さん」を過ぎれば、数十段先に「正圓寺」の山門が見えてきます。
山門の前には、浮き彫りの石仏が並んでいます。
立ち並ぶ浮き彫りの石仏は合計で5つあり、向かって山門より左手側には2つあるのですが、最も左に鎮座するのが「十一面観音」となり、隣に「多聞天」となるのですが、嘉永年間となる1848年~1854年作となります。
山門の右手側には、1803年作の「一願不動明王」があり、背後には壁に埋まった「不動明王」さらには、1848年~1854年作の「増長天」が鎮座します。
寺院の山門には「金剛力士像」すなわち「仁王像」が安置されることが多く、仏法の護持にあたっていて、さまざまな敵が来たときに、それらから寺院を守る役割があります。
「仁王像」の表情ですが「阿形像(あぎょうぞう)」は、怒りの表情を顕わにし「吽形像(うんぎょうぞう)」は、怒りを内に秘めた表情に表すものが多いのですが、こうした造形は「寺院内に仏敵が入り込むのを防ぐ守護神!」として、それぞれの性格を表していると言うことです。
通常、向かって右側に阿形像、左側に吽形像を配置し、阿形像は口を開けていて、吽形像は口を閉じているのが特徴で、木造であることが多いと思います。
「正圓寺」の山門で睨みをきかす「仁王像」は石仏であるほか、四天王である「多聞天」と「増長天」であることが特徴的で、口元は「阿形像(あぎょうぞう)」と「吽形像(うんぎょうぞう)」のようなのですが、左右逆に配置されているように思います。
正圓寺の境内にある聖天山山頂の標識
迫力満点の浮き彫りの石仏を横目に見ながら、さらに十段足らずの石階段を登り進めると、小さな山門をくぐって境内へと足を踏み入れます。
表参道の「一の鳥居」に続いて、本堂の前には「歓喜天」と刻まれた石の扁額が掛けられた「二の鳥居」があるのですが、鳥居の前には、狛犬が左右で一対となって配置されています。
「仁王像」と同じように、狛犬には、神社にいる神様を悪霊や邪気から守る役割があるとされています。
境内で睨みをきかせる狛犬は、1914年に建立されたもので、左側が子取り型で、右側が玉取り型となります。
表参道の「一の鳥居」 から「初辰さん」のお社、その後、石仏が配置されている「山門」さらに境内に入ったら、狛犬の配置された「二の鳥居」最後に「本堂」と言う感じで、神道と仏教が交互に配置されているので、ちょっと訳が分からなくなるのですが、神仏習合(しんぶつしゅうごう)としての造りが見てとれます。
表参道には山号を「聖天山」と書かれていますが、正式名称としては、山号を「海照山」とした「正圓寺」であり、実態としては寺院であると思います。
「聖天山」は上町台地西端の丘陵で、3000坪を超える敷地を有する老樹の茂る静かな景勝の地にあり「正圓寺」は、その山頂にあるといことで、もう少し大きなお寺か思いましたが、以外と境内はこじんまりとした感じとなります。
そんな中にも見どころは沢山あります。
天慶2年となる939年に「光道和尚」により開基されましたが、当時は現在地より東に500mのところにあった「般若山阿部寺」の一坊でした。
元禄年中となる1690年頃に、この地に「義道見明和尚」が寺を移転し「海照山正圓寺」と改めましたが、それよりも遡る南北朝の頃には、この付近には「吉田兼好」の庵があり、清貧自適な暮らしを営んでいたとも伝わっています。
地元では「正圓寺」と呼ばれることはほとんど無く「天下茶屋の聖天さん」と、親しみを込めた通称で呼ばれるほか、先程も言いましたが「聖天山」は山号ではなく「海照山」を山号とする真言宗単立の寺院となります。
瓦葺で入母屋造の聖天堂(本堂)に鎮座する本尊は、慈覚大師作の歓喜天を胎内に納めた木彫の「大聖歓喜双身天王」となるのですが、これは日本で最大級を誇っています。
但し、秘仏となるためそのお姿を拝見することはできません。
境内の西側には、銅板葺で入母屋造の大師堂があるのですが、地蔵堂との合体したお堂になっており、堂内には弘法大師像をはじめ、深沙大将像・増長天像などが安置されています。
境内で最も北側に位置する聖天堂(本堂)の左手側には、銅板葺で入母屋造の釈迦堂があり、堂内には、釈迦如来坐像をはじめ、十六善神像・玄奘三蔵像・深沙大将像などが安置されています。
その横に、宇迦之御魂神を祀る稲荷社があります。
聖天堂(本堂)の右手側には、瓦葺で入母屋造の不動堂があり、堂内には、不動明王坐像をはじめとして、虚空蔵菩薩像・毘沙門天像が安置されています。
境内の東側には北向き延命地蔵堂があり、堂内には姿形がさまざまな六地蔵さんが安置されています。
六地蔵は、地蔵菩薩の6分身を言い、生前の行為の善悪のいかんによって,人は死後に「地獄・畜生・餓鬼・修羅・人・天」と言う六道の境涯を輪廻,転生するといわれるのですが,そのそれぞれに,衆生救済のために配される「檀陀・宝印・宝珠・持地・除蓋障・日光」の六地蔵のことを言います。
六体の地蔵尊が並んでいることから、恐らくはそのようなお堂になっているように思います。
以上が境内の見どころとなるのですが「正圓寺」には「奥の院」と呼ばれる、鎮守の神を祭る場所がありますので、簡単に紹介しておきます。
鎮守の神を祭る正圓寺の奥の院!
「正圓寺」の山門を出て、東方面に30メートルほど歩き進めて行くと東門があり、その先が鎮守の神を祭る「奥の院」となります。
そんな「奥の院」には、鎮守堂(荼枳尼天)をはじめ、寄松塚(八本松竜王)・石切社分祠・浪切不動明王・弁才天祠などが祭られています。
境内と同じくらいの敷地面積はあるかと思われる「奥の院」ですが、どうもお手入れに関してはお粗末になっているように感じます。
東門より歩き進めて行くと、左手側に見えてくるのが、火を点じて火中に供物や護摩木を投じて祈願する「護摩壇」があり、浪切不動明王が鎮座しています。
右手側には「八本龍王社殿」があるのですが、ここ「聖天山」は、かつては大阪湾を見下ろすことができる景勝地であったと言い、この地に一本の松の大木があったと言います。
一本の幹から八本の枝を出す樹姿が、龍が寳珠を持つ爪に似ている事から八本松と呼ばれるようになったと言いますが、当時の社殿と八本松は現在は消失していてありません。
さらに奥に歩き進めて行くと「石切社分祠」や「弁財天」が祀られている 「辨財天祠」などがあります。
「辨財天祠」は、厳島弁天(日本三大弁天の一)と、淡路島巡遷弁天を合祀しています。
鎮守の神を祭る「奥の院」ですが、全体的に見るとお社などには痛みがあるのですが、この先どこまでかは分かりませんが、現在は整備中と思われる箇所が幾つかありますので、訪れた際には綺麗に様変わりしているかも知れません!
以上が、鎮守の神を祭る「奥の院」となります。
正圓寺の御朱印です!
一通り境内の参拝が終わりましたので、最後に「正圓寺」の「御朱印」を頂くため「納経所」へと向かいます。
尚「御朱印」に関しては、基本的には、ひとつにつき300円を納めれば、誰でも頂くことができます。
「御朱印」に関しては、寺社で参拝しなければ頂けないと言うものではなく「仏像鑑賞」や「パワースポット巡り」など、別な楽しみも兼ねた証として頂くと言う考え方もあります。
寺社を訪ねるだけでなく「御朱印集め」は「何を書くのか?」や「どんなハンコ(朱印)を押すのか?」さらに「字の良し悪し」などを、楽しみのひとつとして収集するのも良いものですよ。
管理人は、訪れた寺社仏閣では必ず「御朱印」を頂いているので、正確に数えたことはないですが、知らず知らずの間に「1000」に手が届きそうなくらいになっています。
「御朱印集め」を、始めようとお考えの方には、是非お勧めしたいと思います。
尚、近年では「御朱印」を「スタンプラリー」のように、参拝もしないで頂きに行く方が増えていると言うことですが、最低限のマナーとしては、参拝が終了してから頂くことをお勧めしておきます。
6世紀頃の聖天山古墳が残る聖天山!
最後になりますが「正圓寺」のお詣りが済みましたら「聖天山」の北側にある「聖天山公園」に立ち寄ることで、見どころのひとつでもある古墳を見ることができます。
「聖天山」の北側に現在整備されている「聖天山公園」は、以前は古墳であったと言われており「聖天山(北天狗塚)古墳」と称され大阪市顕彰史跡(236号)を表す顕彰パネルが設置されたと言います。
6世紀頃の「聖天山古墳」は、聖天山公園内の北東部に所在し、現在は径が13mで外周を高さ3m程の石垣で保護されている小古墳となるのですが、中に大きなクスノキが1本立っているだけですので、見ているだけでは古墳だとは分かりません。
元々は大きな古墳だったらしいのですが、昭和26年に土を採って小さくするうちに石室が発見され、埴輪・土器・直刀・馬具等の副葬品が出土したと言います。
但し、それらの物は現在は行方不明になっていると言います。
「正圓寺」が山頂に鎮座するこの丘陵自体も、西向きの前方後円墳の可能性があると言われているのですが「天狗塚・柘榴(ザクロ)塚」とよばれる小古墳があったとも言われていることで、この辺りの古墳群を「阿倍野古墳群」と呼んでいます。
また、大阪市内にある5カ所の低山巡りの対象となる山を「大阪5低山」と称した選定があるのですが、標高14mと言うことで「聖天山」も選ばれています。
「聖天山」の山頂を示す標識は「大阪5低山」に選ばれことを知り、お寺のほうで本堂の前に作成したと言います。
「大阪5低山」の中には、条件付きですが「二等三角点がある山の中で日本で一番低い山!」として名高い、港区にある「天保山(4.5m)」も選定されており、ここで紹介している阿倍野区の「聖天山(14m)」及び、生野区にある「御勝山(14m)」へと続き、住吉区の「帝塚山(19.9m)」さらには天王寺区にある「茶臼山(26m)」へと続いています。
正圓寺の見どころのひとつです!
聖天山~大阪5低山のひとつ【アクセス・駐車場】
今回紹介するのは、大阪府大阪市阿倍野区松虫通にある「聖天山」にて行うプチハイキングです。 「聖天山」は、大阪市阿倍野区の西端で、閑静な住宅街の上町台地の南端に位置する、標高14mの小高い丘となります。 山頂には、通称で「天下茶屋の聖天さん」と親しまれている、山号を「海照山」とする「正圓寺」の境内があ ...
「正圓寺」を訪れた際の見どころのひとつとなりますので、併せてお立ち寄りいただければと思います。
正圓寺のアクセス及び駐車場情報!
【基本情報】
*基本情報は、できる限り新しい情報を掲載することを心掛けていますが、すべての変化に対応できないのが現状となりますのでご了承ください。
「正圓寺」
- 住所:〒545-0043大阪府大阪市阿倍野区松虫通3-2-32
- 電話:06-6651-2727(聖天さん正圓寺)
- 時間:朝の6時30分~夕方の17時00分
- 定休日:年中無休
- 拝観料:境内自由
- 駐車場:無し(周辺のコインパーキングを利用)
- アクセス:【公共交通機関】「阪堺電気軌道阪堺線」の「北天下茶屋駅」で下車して徒歩で北東方面に約450m(約7分)
「阪堺電気軌道上町線」の「松虫駅」で下車して徒歩で西方面に約800m(約10分)
「南海本線/高野線」の「天下茶屋駅」で下車して徒歩で東に約750m(約10分)
【お車】「松原方面」からは「阪神高速14号松原線」の「文の里IC」を降りたらすぐにある「文の里駅前」の交差点を右折して「府道28号線(あびこ筋)」に入り少し先の「昭和町駅前」の交差点を右折して「松虫通」に入ったら少し走り進めた先の「松虫」の交差点を越えてさらに600mほど走り進めた先の右手側に「聖天山」があります1.6km(約5分)
「阪神高速1号環状線方面」からは「阪神高速14号松原線」の「天王寺IC」を降りたあとそのまま道なりに進み「天王寺駅前」の交差点を右折して「府道30号線(あべの筋)」に入ったらしばらく走り進めた先にある「松虫」の交差点を右折して600mほど走り進めた先の右手側に「聖天山」があります2.6km(約8分)
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
天慶2年となる939年に「光道和尚」により開基された「正圓寺」は、現在地より東に500mのところにあった「般若山阿部寺」の一坊でしたが、元禄年中となる1690年頃に、この地に「義道見明和尚」が寺を移転し「海照山正圓寺」と改めました。
標高14mの小高い丘となる「聖天山」の山頂に鎮座し、地元では「天下茶屋の聖天さん」と通称で呼ばれるほど親しまれています。
北側に整備されている聖天山公園には「聖天山(北天狗塚)古墳」があったと言い、石室が発見され、埴輪・土器・直刀・馬具等の副葬品が出土したと言います。
大阪市内にある低山巡りの対象となる山を「大阪5低山」と称した選定があり、標高14mと言うことで「聖天山」も選ばれていて、境内の本堂前には山頂を示す標識が置かれています。
是非一度、見どころが密にある「正圓寺」を訪れてみて下さい!
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