今回紹介するのは、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮に鎮座する「補陀洛山寺(ふだらくさんじ)」です。
「補陀洛山寺」の境内地は史跡となり、密接な関係を持つ「熊野那智大社」及び隣接する「青岸渡寺」を加えた2寺と、田辺市にある「熊野本宮大社」さらに、新宮市にある「熊野速玉大社」を合わせた、3社と共に「熊野三山」を構成することで、よく知られています。
また「補陀洛山寺」の御本尊となる、木造の「三貌十一面千手千眼観世音菩薩」は、平安時代の作となり、1982年6月5日に国の重要文化財に指定され「秘仏」となる「三貌十一面千手千眼観世音菩薩」は、毎年1月27日、5月19日、7月10日の、年3回開扉されます。
2004年(平成16年)の7月には、ユネスコの「世界遺産」に指定された「紀伊山地の霊場と参詣道」としての、構成資産の一部となりました。
「仁徳天皇」の治世の頃に、インドから熊野の海岸に漂着した「裸形上人」によって開山されたと言われる、由緒ある古寺で、平安時代から江戸時代にかけての、約千年にわたり「補陀洛山寺」の住職が主体として、生きながらにして、南方の遥か彼方の果ての海上に、存在すると信じられていた「観音浄土」で、観音菩薩の降り立つ伝説上の山「補陀落山(ふだらくせん)」を目指して、現身を船形の棺に納めて、那智の浜より大海原に旅立ったと言う、宗教儀礼「補陀落渡海」の、出発の地として知られる寺院です。
江戸時代まで「那智七本願」の一角として、大伽藍を有して栄えていたのですが、1808年に起きた台風により、主要な堂塔は、全て滅失することとなり、長きに渡って再建されることなく、仮本堂のままだったのですが、1990年になって、ようやく本堂が再建されることになり、室町様式の高床式四方流宝形型で完成しました。
「補陀洛山寺」の境内と、隣接するように「熊野三所権現」をお祀りする「熊野三所大神社」があり「神仏習合」の形態が、今も残っていることを示しています。
「補陀洛山寺」は「浜宮王子」の「神宮寺」であるのですが「本願所」となった、経緯や時期は明らかではなく「補陀洛山寺」の工芸品や、仏像の銘などから、16世紀初頭から半ばにかけて本願をつとめた聖の名が、確認されるにとどまっています。
「世界遺産」に指定される「補陀洛山寺」ではありますが、訪れる方は意外と少なく、境内もこじんまりとした素朴なお寺ですが、熊野信仰に大きく関わるお寺で「熊野那智大社」の「造営・修造」のため、布教活動を行った寺院のひとつでした。
そんな「補陀洛山寺」の紹介となります。
準備が整いましたら「補陀洛山寺」の、散策スタートです。
補陀洛山寺~見どころ紹介【アクセス・駐車場・御朱印】
今回は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮に位置し、ユネスコの「世界遺産」に指定されている「紀伊山地の霊場と参詣道」の、構成資産のひとつとなる「補陀洛山寺」に向けて、車を走らせます。
紀伊半島の南端部に位置し、有数の観光地があることでも知られる「那智勝浦」には、年間を通して数多くの観光客が足を運ぶのですが「アクセスの面」に関しては、あまり良く無いのですが、2015年7月12日より「紀勢自動車道」の「無料区間」として「南紀田辺IC」から「南紀白浜IC」間が、初めに開通して、さらに2015年8月30日には「南紀白浜IC」から「すさみ南IC」の、全区間が「無料区間」として開通したことにより「和歌山県方面」から、海岸沿いを走り進めるルートで「那智勝浦」まで行くには、かなり訪れやすくなりました。
開通した「南紀田辺IC」から「すさみ南IC」までは、約40kmあり「無料区間」と言うことで、経済的にも大変やさしく訪れることができます。
まず初めに、今回紹介する「補陀洛山寺」への「アクセス」と「駐車場」に関して、簡単に紹介しておきます。
補陀洛山寺へのアクセスは公共交通機関で楽に・・
「補陀洛山寺」を、訪れるには、やはり「紀勢自動車道」が「すさみ南IC」まで延びたとしても、紀伊半島の南端近くに位置する「那智勝浦」を訪れるのは、大変なことに変わりありません!
まず初めに「マイカー」で、訪れる場合ですが「和歌山県側」からとなりますと「紀勢自動車道」の「すさみ南IC」を降りてから、海岸沿いとなる「国道42号線(熊野街道)」を、約45km走り進めた先にある「市屋」の信号を左折したら、少し走った先の信号を右折して「那智勝浦新宮道路」に入ります。
しばらく走り進めた先の「那智勝浦IC」を降りたら、すぐにある「那智勝浦インターチェンジ」の信号を左折して「県道46号線」に入ったら、すぐにある「案内板」の「尾鷲・新宮方面」に従って右折し「県道43号線」入ったら、50メートルほど先の左手側が「補陀洛山寺」の「駐車場」となります。
「すさみ南IC」から「補陀洛山寺」までは、約53.2kmほどあるため、1時間10分ほどは必要かと思います。
また「三重県側」からの「アクセス」に関しては、本文最後に詳しく書いていますので、そちらをご覧下さい!
最後に「紀勢自動車道」の「上富田IC」より「国道311号線」となる「朝来街道」から「熊野街道」へと、走り向けていくルートもありますが、距離や時間を考えると、先ほど紹介した、海岸沿いを走るほうが、少し早いかと思います。
上記のルートですと「熊野三山」のうちの「熊野本宮大社・熊野速玉大社」が、走り進める先にあり、今回紹介する「補陀洛山寺」を、お参りしたあと「那智山」に向かって、約8kmほど走り進めた先の「青岸渡寺」及び、隣接する「熊野那智大社」を、お参りをすれば、3社2寺で構成される「熊野三山」を、1日で巡ることも可能です!
また、海岸沿いを走るルートにも「本州最南端」となる「潮岬」をはじめとして、様々な観光名所がありますので、ご自身の予定に合うルートを選んでいただければ良いかと思います。
海岸沿いにある観光名所はコチラからどうぞ!
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続いて「駐車場」に関してですが「補陀洛山寺」には、専用の「駐車場」が用意されています。
「補陀洛山寺」に用意されている、専用の「駐車場」は、境内の裏手側と、境内の横側の2か所に分かれていますが、合計で30台くらいは駐車できるのではないかと思います。
「駐車場」に関しては「無料」で利用できますし、どちらの駐車スペースからでも、ほぼ歩くことなく境内に入れます。
よほどのことが無い限り、この2か所の駐車場が「満車」になることは無いかと思いますが、万が一にも「満車」であったとしても、もう一か所「無料」で利用できる「駐車場」があるのでご安心ください。
「渚の森駐車場」となるのですが、分かりやすく言えば「隣」です。
「補陀洛山寺」の「駐車場」に入らず「県道43号線」を、50メートル先まで走り進めれば、出入口があります。
「渚の森駐車場」には「乗用車20台・身障者用2台・大型バス2台」の駐車スペースがあり、朝の8時00分~夕方18時00分まで、利用することができますが、それ以外の時間帯は、チェーンが張られて施錠されますので、お時間までには出庫するように、お気を付けください!
以上が「補陀洛山寺」への「アクセス」と「駐車場」に関する、紹介となります。
補陀洛山寺はとても小さな境内です
駐車場に車を駐車すると、歩きはじめますが、数秒で境内に入ることができます。
入ると同時に「本堂」があり、傍らには、2004年7月に、ユネスコの「世界遺産」に指定された「紀伊山地の霊場と参詣道」としての、構成資産の一部となったことに対する、記念の「標石」が、建てられています。
標石には「世界遺産・補陀洛山寺・補陀落渡海発祥の地」と刻まれ「補陀落渡海船」が、荒波の上を進む図も、刻まれています。
「補陀洛山寺」は、「仁徳天皇」の治世の頃に、インドから熊野の海岸に漂着した「裸形上人」によって、開山されたと言われる、由緒ある古寺となります。
本堂に安置される、御本尊は、木造の「三貌十一面千手千眼観世音菩薩」となり、歴史はとても古く、一木造の立像で平安時代の作となるのですが、1982年6月5日に、国の「重要文化財」に指定されています。
「秘仏」となる「三貌十一面千手千眼観世音菩薩」は「厨子(ずし)」の中に安置され、開帳日及び、特別拝観が行われるとき以外は、直接拝観できませんが「お前立ち」と称される、代わりの像も無く、写真が置かれている形となります。
「厨子(ずし)」の左右には「梵天立像・帝釈天立像」の、二天像が安置され、それぞれ、那智勝浦町が指定する「有形文化財」となっています。
「三貌十一面千手千眼観世音菩薩」の御開帳は、毎年1月27日、5月19日、7月10日の、年3回開扉されますので、その日に合わせて訪れることができれば、幸いかと思います。
「補陀洛山寺」は、江戸時代まで「那智七本願」の一角として、大伽藍を有して栄えていたのですが、1808年に起きた台風により、主要な堂塔は、全て滅失することになり、長きに渡って再建されることなく、仮本堂であったのですが、1990年になって、ようやく本堂が再建されることになり、室町様式の高床式四方流宝形型で完成し、現在に至ります。
那智参詣曼荼羅により復元された補陀洛渡海船!
「補陀洛山寺」の、見どころのひとつとなるのは「那智参詣曼荼羅」に描かれる、図を元にして復元された「補陀落渡海船」ですが、本堂に向かって左手側に小さな建物があり、その中に収蔵されています。
平安時代から江戸時代にかけての、約千年にわたり「補陀洛山寺」の住職が主体として、生きながらにして、南方の遥か彼方の果ての海上に、存在すると信じられていた「観音浄土」で、観音菩薩の降り立つ伝説上の山「補陀落山(ふだらくせん)」を目指して、現身を船形の棺に納めて、那智の浜より大海原に旅立ったと言う、宗教儀礼「補陀落渡海」の、出発の地として知られています。
「補陀落渡海」に使う、渡海船についての史料に関してはとても少なく、そんな中で「那智参詣曼荼羅」には「補陀落渡海」が、確かに描かれているのですが、復元された現物を見ると、渡海船の中央に「入母屋造り」の箱が置かれ、その四方には、四つの鳥居が建てられ、板玉垣で囲まれた形となりますが、これは「発心門・修行門・菩薩門・涅槃門」と呼ばれる、死んであの世へ行くと言う意味で、死出の四門を表していると言います。
「入母屋造り」の箱の中には、三十日分の食料と水、さらに灯火のための油を積み込んだうえで、行者が乗り込むと言いますが、行者が中へ入ると、入口には固く釘が打ちつけられて、箱自体が壊れない限り、外に出ることは無かったと言います。
「那智参詣曼荼羅」を見る限り、帆が張られているのですが、基本的には「艪(ろ)・櫂(かい)」なども含めて、航行するための道具は、一切備えていなかったと言います。
この備え無しに関しては、行者が生還することなく「遺骸」すなわち、亡くなっても戻ってこないことが「観音浄土」へ至った、証であるとの考えに基いています。
基本的に「渡海」は、北風が吹き始める、旧暦の11月に行われ、沖合まで「伴走船」が曳航したあと、その「伴走船」の人々が、海流に流され漂流していく「補陀洛渡海船」を見送り「綱切島」の近くで綱を切られ、そのあと「補陀落渡海船」は、朽ちたり大波によって沈むまで漂流します。
「補陀落渡海船」が沈没する前に、渡海者が「餓死・衰弱死」した事例もあったでしょうし「補陀落渡海船」が、沈むさまを見た人もいたでしょうが、渡海者の行く末を記した記録などは、一切残されることは無かったと言います。
行く末を、記すものは無いのですが「補陀洛山寺」の裏山には、渡海者の墓が残されているほか、境内には、25名の渡海者の名前と、年代が刻まれた、記念碑が建てられています。
「渡海」と呼ばれる方法は、時代や場所により、多少異なる点もあるのでしょうが「補陀落渡海」とは、生きながらにして行う「水葬」であり、自らの心身を、南方にて観音に捧げる、捨身行であったと言うことです。
江戸時代に入ってからは、大きな変化があり、住職などの遺体を「渡海船」に載せて「水葬」する形に、変わっていったと言われています。
熊野三所大神社が隣接し神仏習合の形態が残っています。
最初にも言いましたが「補陀洛山寺」は、こじんまりとしたお寺となり、境内をぐるりと1周回っても、10分もあれば、すべて回ることができます。
「補陀洛山寺」の境内と、隣接するように「熊野三所権現」すなわち「家津美御子大神・夫須美大神・速玉大神」を、お祀りする「熊野三所大神社(くまのさんしょおおみわしゃ)」があり、明治の「神仏分離」や「廃仏毀釈」により、熊野でも多くの寺院が排され、神道化していきましたが、ここ「補陀洛山寺」では「神仏習合」の形態を、現在でも名残を感じ取ることができます。
「熊野三所大神社」は、那智山を参拝する前に立ち寄り、海水で禊を行う「潮垢離(しおごり)」で、身を清めたと言い「熊野九十九王子」のひとつとなる「浜の宮王子」が、この地にあったため「浜の宮大神社(はまのみやおおみわしろ)」とも、呼ばれていました。
「熊野三所大神社」の前には、かつて和歌にも詠まれたと言う、名勝の森「渚の森」があったのですが、現在では駐車場が完備された、公園として整備されていますが「熊野三所大神社」の入口には、立派な「浜ノ宮大樟」が、天を突くように伸びています。
この「浜ノ宮大樟」は、推定樹齢800年と言われており、2本の幹が根元で繋がると言う、珍しい姿となるのですが、熊野の地を訪れる参拝者を、長きに渡って見守ってくれています。
「補陀洛山寺」は「浜宮王子」の「神宮寺」であるのですが「本願所」となった経緯や時期は、明らかではなく「補陀洛山寺」の工芸品や、仏像の銘などから、16世紀初頭から半ばにかけて本願をつとめた聖の名が、確認されるにとどまっています。
「世界遺産」に指定される「補陀洛山寺」ではありますが、訪れる方は意外と少なく、境内もこじんまりとした、素朴な寺院ですが、熊野信仰に大きく関わるお寺で「熊野那智大社」の「造営・修造」のため、布教活動を行ったお寺のひとつでした。
「熊野三山」を巡る中で、忘れがちな小さな寺院となりますが、熊野信仰に大きく関わり、由緒や見どころに関しても、しっかりありますので、忘れずに巡ぐることをお勧めしておきます。
と、言ったところで「補陀洛山寺」に関する紹介が、すべて終了となります。
熊野三山に関する記事はコチラをご覧下さい!
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補陀洛山寺の御朱印です!
最後に、すべて参拝した証として「御朱印」を頂きに・・と、言いたいところですが、かなり昔にも一、二度訪れており、その時に頂いた「御朱印」がありますので、今回は改めて「御朱印」を、頂きませんが、恐らく「御朱印」自体が、変わったと言うことは無いので、紹介しておきます。
「補陀洛山寺」には、1種類の「御朱印」があります。
尚「御朱印」に関しては、基本的には、ひとつにつき300円を納めれば、誰でも頂くことができます。
「御朱印」に関しては、寺社で参拝しなければ頂けないと言うものではなく「仏像鑑賞」や「パワースポット巡り」など、別な楽しみも兼ねた証として頂くと言う考え方もあります。
寺社を訪ねるだけでなく「御朱印集め」は「何を書くのか?」や「どんなハンコ(朱印)を押すのか?」さらに「字の良し悪し」などを、楽しみのひとつとして収集するのも良いものですよ。
管理人は、訪れた寺社仏閣では必ず「御朱印」を頂いているので、正確に数えたことはないですが、知らず知らずの間に「1000」に手が届きそうなくらいになっています。
「御朱印集め」を、始めようとお考えの方には、是非お勧めしたいと思います。
尚、近年では「御朱印」を「スタンプラリー」のように、参拝もしないで頂きに行く方が増えていると言うことですが、最低限のマナーとしては、参拝が終了してから頂くことをお勧めしておきます。
補陀洛山寺のアクセス及び駐車場情報!
【基本情報】
*基本情報は、できる限り新しい情報を掲載することを心掛けていますが、すべての変化に対応できないのが現状となりますのでご了承ください。
「補陀洛山寺」
- 住所:〒649-5314和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜ノ宮348
- 電話:0735-52-2523(補陀洛山寺寺務所)
- 時間:境内自由
但し、参拝及び納経可能時間は朝8時00分~夕方16時30分まで - 参拝料:無料
*本尊「三貌十一面千手千眼観世音菩薩」の特別公開日は2名~80名まで受け入れ可能で前日16時までに予約が必要です。
*拝観料:500円 - 定休日:無休
- 駐車場:無料(乗用車約30台・大型バス2台)
- アクセス:【公共交通機関】「JR紀勢本線」の「那智駅」から徒歩250m(約3分)
【お車】「和歌山県方面」から「紀勢自動車道(無料区間)」を走り進め「すさみ南IC」を降りてから海岸沿いに「国道42号線(熊野街道)」を走り進め「市屋」の信号を左折し少し走った先の信号を右折して「那智勝浦新宮道路」に入り「那智勝浦IC」を降りて「那智勝浦インターチェンジ」の信号を左折して「県道46号線」に入りすぐにある「案内板」の「尾鷲・新宮方面」に従い右折して「県道43号線」入り50メートルほど先の左手側が「補陀洛山寺」の「駐車場」です約53.2km(約1時間10分)
「三重県方面」から「熊野尾鷲道路」を走り進め「熊野大泊IC」を降りてから「国道42号線」を約28km南下していき「高森」の交差点を越えて「那智勝浦新宮道路」に入りしばらく走り進めた先の「那智勝浦IC」を降りてすぐにある「那智勝浦インターチェンジ」の信号を左折して「県道46号線」に入りすぐにある「案内板」の「尾鷲・新宮方面」に従い右折して「県道43号線」入り50メートルほど先の左手側が「補陀洛山寺」の「駐車場」です約37.6km(約45分)
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございます。
「補陀洛山寺」は「世界遺産」に指定された「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産のひとつとなるのですが、由緒があり、見どころに関しても、しっかりとしたものがあるので、お勧めします。
「那智勝浦」は「アクセス面」が悪く、訪れにくいですが「熊野三山」を構成する中でも、忘れてはいけない寺院となっています。
「補陀落渡海」の発祥の地を、是非一度訪れて、歴史の一端に触れてみてください!
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